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2011年7月21日 第2回シンポジウム

震災復興に、地域医療ITはなにができるのか?

地域医療福祉情報連携協議会 会長 田中博
地域医療福祉情報連携協議会 会長
田中 博
――災害時および復興後の医療IT体制のグランド・デザイン――
<発表要旨>
東日本大震災は医療IT体制に大きな教訓を残した。
当然のことであるが、これまでも何度も指摘されていた紙媒体医療記録の脆弱性を改めて確認することになったし、地域医療情報ネットワークや生涯的な健康医療サマリー(EHR)実現の緊急性・切迫性が極めて明瞭になったといえる。
本シンポジウムは、東日本大震災で我々は医療IT体制についてどのような教訓を得て、それを復興後の医療IT体制構築に如何に生かすべきかを討論することを目標として開催するものである。
東日本大震災復興構想会議が発表した「復興への提言~ 悲惨のなかの希望 ~」を踏まえ、復興後の医療IT体制はどのように実現すべきか。
著者は、次の3つが基本になると考えている。
(1)「復興後の地域医療計画」に基づく地域医療の情報連携体制
ただ単に復興前の状態にもどすのではなく、復興前では様々なレガシーのため困難であった、地域における病院/診療所の機能分担(専門診療科の地域配分、後方ベッドの必要数の計算と確保)を実現するための地域医療体制のグランド・デザインがまず最優先であって、それを実現するインフラとして地域医療IT体制があることを認識する必要がある。
(2)圏域各レベルの実現課題に対応した地域包括ケア情報基盤
地域医療連携は①全県域レベル、②(拡大)医療圏域レベル、③町村圏域レベルの各圏域にあわせて、それぞれのニーズと実現課題がある。
(3)災害につよい医療情報連携体制
最優先課題として沿岸部に位置する病院/診療所の診療情報デジタル化・ネットワーク化を絶対的復興条件にする。
また、クラウドセンターによるバックアップ体制、衛星通信・衛星携帯電話施設の中核病院への配置、移動基地局の配備など全県域の情報リソース配置計画が目標となる。
以上をまとめると以下のシステム図に表される構成となる。
<略歴>
1974年東京大学工学部計数工学科卒業。1981年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。医学博士。1982年東京大学より工学博士。東京大学医学部講師。1987年浜松医科大学助教授。1990年マサチューセッツ工科大学客員研究員。1991年東京医科歯科大学 難治疾患研究所 生命情報学研究室教授。1995年 同大学情報医科学センター センター長併任。2003年同大学大学院疾患生命科学研究部教授, 同大学院生命情報科学教育部教授兼任。2006~2010年同大学大学院生命情報科学教育部 教育部長併任、大学 評議員。元日本医療情報学会理事長 会長。日本版EHR研究班リーダー。医学博士・工学博士。
名古屋大学医学部附属病院 准教授 水野 正明
名古屋大学医学部附属病院 准教授
水野 正明
司会進行
シンポジウム会場
シンポジウム会場
総務省 吉田 恭子 厚生労働省 医政局 研究開発振興課 室長補佐 須戸 崇志 経済産業省 商務情報政策局 医療・福祉機器産業室 室長 村上 智信
総務省 情報流通行政局
情報流通振興課
情報流通高度化推進室 室長
吉田 恭子
ご挨拶
厚生労働省 医政局
研究開発振興課 室長補佐
須戸 崇志
ご挨拶
経済産業省 商務情報政策局
医療・福祉機器産業室 室長
村上 智信
ご挨拶
岩手医科大学 学長 小 川 彰
岩手医科大学 学長
小 川 彰
ITを核とした「いわて被災地過疎地型新地域医療モデル」の確立
<発表要旨>
四国4 県に匹敵する県土を有する岩手県が被災した。
①広い県土、②過疎地、③医師不足をkey word に遠隔医療特区を申請中であった。
被災により、④被災地、⑤被災者の健康悪化がkey word に追加され、整備の必要性は待ったなしとなった。
「いわて」の医療は、過疎地故に患者数が限られる中、不足している医師の移動に時間がかかり非効率な医療提供を余儀なくされていた。
この新たなコンセプトは遠隔医療を核に診断から治療方針の決定まで大学病院レベルの医療を提供し「いつでもどこでも高度医療が受けられる」体制を新たに創造するものである。
病診、病福の広域地域包括ケアの運用、診療情報の一括化、通信システムのfail safe backup も用意した。
この試みは、岩手県のみならず過疎地を有する地方全ての地域医療の普遍的新モデルとなる事も期待される。
被災地の住民の健康環境は更に悪化しており、人命にかかわる二次健康被害が目の前に迫っている。
これが起これば、原因は「対応の遅れ」に求められ、まさに「人災」である。
政府がその責任を負わされることのない様、速やかな対応を要請する。
<略歴>
昭和49 年 岩手医科大学医学部卒業
昭和63 年 東北大学医学部助教授
平成 4 年 岩手医科大学医学部
脳神経外科学教授
平成15 年 岩手医科大学医学部長
平成20 年 岩手医科大学学長
平成20~ 22 年 全国医学部長病院長会議会長、平成22 年 同会議顧問
日本脳卒中学会理事長、日本脳神経外科学会常務理事など
岩手県立大船渡病院 副院長 小笠原 敏浩
岩手県立大船渡病院 副院長
小笠原 敏浩
震災に強い地域連携型周産期医療情報ネットワークシステム
-岩手県周産期医療情報ネットワークシステム“いーはとーぶ”の奇蹟-
<発表要旨>
現在、岩手県ではインターネットを利用した周産期医療情報ネットワークシステム“いーはとーぶ(以後”いーはとーぶ“)で妊婦・胎児情報を共有し、母体搬送に利用している。
また、県立大船渡病院を軸として、市町村(大船渡市・陸前高田市・住田町)と妊婦情報を共有し見守りネットワークを構築している。
今回の大震災でも、このシステムの有用性が示されたので報告する。
陸前高田市は大地震発生から約40分で街が津波になめ尽くされ、市役所にある住民情報や妊婦情報もすべて一瞬で失ってしまった。
“いーはとーぶ”に入力してきたデータが盛岡市にあるサーバーに残っていた。このデータを陸前高田市に提供できた。
これにより陸前高田市は大津波で失われた妊婦情報を得ることができ、妊婦の安否状況・避難状況の把握や保健指導にも貢献できた。
いーはとーぶは、普及の段階で震災に見舞われたが、今回の震災で有効性が実証されたので、今後は更なる普及を図りつつ、さらに震災に強い“いーはとーぶ”を構築していきたい。
<略歴>
昭和61年 岩手医科大学医学部卒業
平成 3年 同大学院卒業
平成10年 岩手医科大学医学部非常勤講師
平成19年 岩手県立大船渡病院副院長 兼 医療研修科長
平成22年 岩手医科大学医学部臨床教授
気仙沼市立病院 脳神経外科科長、宮城県災害医療コーディネーター 成田徳雄
気仙沼市立病院 脳神経外科科長、宮城県災害医療コーディネーター
成田 徳雄
Network Centric 災害医療における情報管理の重要性
―災害医療コーディネーターの立場から―
<発表要旨>
3.11東日本大震災に際して、気仙沼市立病院の災害医療担当医として、また全国から参集するDMAT・医療救護班を統括する本部の一員として、さらに宮城県災害医療コーディネーターとして活動してきた。
現場での活動を報告するともに、情報管理についての提言を行いたい。
想定外の大規模災害で、発災以降それぞれのフェーズで様々な問題が生じた。
多数のチームが協働し実行可能な最適解を求め、問題解決を図るために、現場の各団体、個人の自律性を重視し、情報収集・伝達を速やかに行い、情報・任務の共有とともに多様なリソースを自由に組み合わせ、設定した目標のために自律的なNetworkを形成しながら調整・運用を行っていく“Network Centric Operation : NCO”を規範とした。具体例として急性期に78名の気仙沼の慢性透析患者を、東北大学をstaging Baseとして、自衛隊ジェット機による札幌への広域医療搬送した事例がそれにあたる。NCOにおける重要要件は情報管理であり、これまでの経験から復興期における種々問題解決の方策として、先進技術を導入した情報管理を提案したい。
<略歴>
昭和61年、山形大学医学部卒業。
東北大学脳神経外科教室入局。
平成6年、岩手県立宮古病院脳神経外科科長。
平成8年 米沢市立病院脳神経外科科長。
平成17年 気仙沼市立病院脳神経外科科長 現職
石巻赤十字病院 情報システム課・放射線技術課 千葉 美洋
石巻赤十字病院
情報システム課・放射線技術課
千葉 美洋
震災に医療ITは何ができたのか?
<発表要旨>
石巻赤十字病院は、宮城県北東部に位置し石巻医療圏22万人の急性期医療を担う中核病院であり、災害拠点病院に指定され救命救急センターを有している。
宮城県沖地震がかなり高い確率で発生することが予想されていた中、地震の規模を表すマグニチュードは9.0、わが国観測史上最大の規模であり、世界の観測史上でも4番目の規模となる巨大地震を経験した。
地域の医療機関は甚大な被害を受け、市内の診療所も約半数が診療休止に追い込まれた状況下、地震による被害を最小限に留め、津波による被害を回避することができた当院は震災直後より災害救護活動を行なった。
電子カルテ、オーダーリングシステム、PACSなど院内のシステムが停止しなかったことから、情報システム課では日々変わる状況に積極的にシステムのカスタマイズなどを行い対応した。
しかし、幾つかの課題も見えた。
我々医療情報システム担当者が行った行動とこれからの課題を紹介する。
<略歴>
平成4年 東北大学医療技術短期大学部診療放射線技術学科卒
平成4年 石巻赤十字病院放射線技術課
平成17年 医事課医療情報管理係長
平成20年 情報システム課長
平成20年 医療安全推進室
平成22年 第二放射線技術課長
博士(工学), 慶應義塾大学環境情報学部 准教授、東日本大震災復興構想会議検討部会委員 神成淳司
博士(工学), 慶應義塾大学環境情報学部 准教授、東日本大震災復興構想会
議検討部会委員
神成淳司
「東日本大震災を踏まえて 情報技術が果たすべき役割」
<発表要旨>
東日本大震災において指摘された問題点の一つに、診療情報の断絶がある。
具体的には、
1) 震災前後での診療情報の断絶
2) 復旧復興期における診療情報の断絶
である。前者は、震災・津波等の被災により、医療機関が保有していた診療情報が消失した事に起因するものである。
後者は、被災地に派遣された医師の滞在日数が平均3日前後であり、次の医師へと診療情報を受け渡す手段の整備が遅れた事に起因するものであった。
既にこれら点への改善は進められているものの、その間、多くの被災者が不安な日々を過ごすこととなった。
本講演では、これらの状況も含めた東日本大震災復興構想会議での議論を踏まえると共に、日本政府が新成長戦略の一環として進める、医療情報化、並びに社会保障・税に関わる番号制度等の取り組みを踏まえ、今後の医療情報化における検討課題についてまとめる。
<略歴>
平成8年 IAMAS 助手
平成12年 岐阜県 情報技術顧問(兼務, 平成18年まで)
平成15年 IAMAS 講師
平成19年 慶應義塾大学環境情報学部 専任講師
平成22年 同 准教授
岐阜大学大学院医学系研究科 救急・災害医学教授 小倉 真治
岐阜大学大学院医学系研究科
救急・災害医学教授
小倉 真治
「平時から災害時まで使える患者視線の情報システム」
<発表要旨>
災害医療は日常医療と比較して医療の必要性が飛躍的に高まるのは言うまでもないのであるが、規模と時間という二つの局面がある。
すなわち急性期には一気に多くの傷病者が発生しその規模に対応することが必要であり、これは救急医療の拡大と考えうるし、慢性期には元の日常医療に戻る支援をしなければならない。
今回の医療対応において、いくつかの問題点が浮き彫りになっている。
自己の医療情報がかかりつけの医療機関等に一元的に保管されている場合には、当該医療機関が被災することにより、医療情報が消失し、災害時という医療の需要が高い状況下にありながら、適切な医療サービスを受けることが短期的にも中期的にも困難になるというリスクを顕在化した。
すなわち被災者の既往歴が分からないこと。
被災者の投薬歴が分からないこと。
移動時に診療情報が共有できないこと。
医療情報を見つけるために必要以上に大きな努力が払われている。
従来より、我々が開発してきた救急医療情報システム(GEMITS)は、災害に弱いというIT の欠陥を補うMEDICA というカードを用いて治療歴や投薬歴が分からないこと。移動時に診療情報が共有できないこと。
医療情報を見つけるために必要以上に大きな努力が払われている。
従来より、我々が開発してきた救急医療情報システム(GEMITS)は、災害に弱いというITの欠陥を補うMEDICAというカードを用いて治療歴や投薬歴を瞬時に判断できるものである。
<略歴>
昭和60年、岐阜大学医学部卒業。
平成8年、米国サウスキャロライナ医学大学客員研究員。
平成12 年、香川医科大学附属病院救急部助教授を経て平成15年より現職。
平成16年岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センター長(兼務)。
内閣官房医療情報化に関するタスクフォース主査、総務省消防庁社会全体で共有するトリアージ検討会委員