<大学病院の入院患者さんの口の健康を支える部門 オーラルヘルスセンター>

世界最高水準のトータルヘルスケアをコンセプトにした東京科学大学病院において、オーラルヘルスセンターは、入院患者さんの口の健康を支える部門として機能しています。病院の基盤部門に位置し、口腔外科、歯周病、老年歯科、歯科麻酔、障害者歯科などの専門医と口腔保健学科の歯科衛生教員、OHC専従の歯科衛生士により構成された部門です。

口は、栄養の入口であり、ともすると感染の入口にもなり得ます。口腔は,栄養摂取にとって重要な器官である一方で,全身感染症の原因となる病原菌の温床にもなりやすい場所です。口腔衛生環境の悪化が誤嚥性肺炎のリスクを高め,誤嚥性肺炎の治療のために経口摂取が止まると口腔環境は悪化します。口腔機能が低下すると咀嚼嚥下機能の低下から栄養摂取障害へと陥りやすくなります。窒息や誤嚥性肺炎などの重篤な合併症を予防し,安全な経口摂取を進めるためには,口腔衛生状態と口腔機能の維持や改善が不可欠です。口腔衛生管理には,適切な口腔アセスメントと医科歯科連携が重要となります。一方,適切な口腔機能回復によって経口摂取機能の維持向上が期待できます。
 オーラルヘルスセンターでは、医系と歯系を有する本大学病院の様々な診療科と連携しながら入院中の口の健康維持改善をサポートしています。入院中に口腔内にトラブルが発生したり、食べる機能が低下した場合には必要に応じて迅速に対応しています。

口腔ケアアセスメントの重要性

不良な口腔衛生環境は誤嚥性肺炎のリスク因子となるため,口腔ケアは,重要な感染対策の1つとして認識されるようになりました。口腔ケアのポイントは,術者によるムラを減らすための標準化です。しかし,口腔ケアの回数や内容は,口腔内の汚染状況やADLの自立度などによって変化します。そこで,口腔ケアの標準化のためには,口腔内の評価(口腔アセスメント)がカギとなります。

口腔アセスメントにより口腔内の状況を数値化してケアプロトコルを作成することで,口腔ケアの手技や介入回数の統一を図れます。また,スコアによって歯科に依頼できるパスも作成できます。アセスメントで,義歯の不適合やう蝕なども発見できれば,口腔機能の回復にもつながります。
 アセスメントシートを導入するにあたり重要なのは,評価が煩雑でなく,歯科医療者でない看護師や介護士が短時間で簡単に評価できることです。口腔ケアのアセスメントシートは幾つかありますが,ここでは,日本語版OHAT(OHAT-J)をご紹介します。OHATは,施設入所の要介護高齢者の口腔アセスメント用にDr. Chalmersらによって開発された口腔評価用紙で,多くの言語に翻訳されています。日本語版は,原文著者らの承諾も得て私たちで作成し,折り返し翻訳(back translation)による翻訳の確認も済ませてあります。妥当性と信頼性の検証も行いました。

参考資料

松尾浩一郎,中川量晴:口腔アセスメントシートOral Health Assessment Tool日本語版(OHAT-J)の作成と信頼性,妥当性の検討.日障誌. 37:1-7. 2016. doi.org/10.14958/jjsdh.37.1

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsdh/37/1/37_1/_article/-char/ja

OHAT-Jの活用方法

OHATは,病院や老人介護保健施設で活用できます。病棟で,OHATを定期的に評価することで口腔衛生環境の改善に合わせた口腔ケアが行うことができ,業務の短縮にも繋がります。

参考資料
稲垣鮎美, 松尾浩一郎, 池田真弓, 渥美雅子, 三鬼達人, 中川量晴:口腔アセスメントOral Health Assessment Tool (OHAT)と口腔ケアプロトコルによる口腔衛生状態の改善. 日摂食嚥下リハ会誌, 21: 145-155. 2017. doi.org/10.32136/jsdr.21.3_145
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsdr/21/3/21_145/_article/-char/ja

 また,老人介護保健施設で,歯科訪問診療と施設職員とがOHATを用いて連携することで,良好な口腔衛生管理を継続している事例もあります。都内で歯科訪問診療を行っているエムズ歯科クリニックは,訪問先の老人介護保健施設と連携して,介護者と家族への口腔衛生教育と実技指導に重点をおき,
①口腔環境に関する情報共有
②口腔ケアの教育・意識付け
③歯科衛生士による専門的口腔衛生処置を統合した口腔衛生プログラムを行っています。

 日常のケアを行う介護者への教育や動機づけを加えた口腔衛生プログラムによって,入所や退所が繰り返される老人介護保健施設においても,入所者の口腔衛生環境が良好に維持されています。

参考資料
荒井昌海, 松尾浩一郎, 田口知実,森田英明:老人介護保健施設における口腔衛生管理の長期的効果-Oral Health Assessment Toolスコアで見た変化-. 老年歯科医学. 35:52-60. 2020. DOI:10.11259/jsg.35.52
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsg/35/1/35_52/_article/-char/ja

おいしく食事を取るための口の健康増進:カムカム健康プログラム

人にとって食べることは生命維持機能の一つだけでなく,根源的な喜びでもあり,人生の中で最後まで残る楽しみでもあります。長生きを喜ぶ一つのかたちは,慣れ親しんだ場所で,いつまでも口からおいしく食べ,生きることを喜ぶことであると考えます。しっかり食べて活動することが健康寿命延伸に繋がります。口腔の機能が徐々に低下していく過程はオーラルフレイルと呼ばれ,体のフレイルの一因と言われています。つまり,フレイル予防のためには,口の機能を維持することが重要です。口の機能の維持には,普段から口の健康に気をつけて,歯医者に定期的に受診することももちろん重要ですが,普段の食事にも気をつけてみましょう。
 口は“食べる”という栄養摂取の入口であるため,口の機能が衰えると,食べる機能が徐々に障害され,気づかないうちに栄養摂取に支障を来してしまいます。体の健康のためには,栄養バランスの良い食事が重要なのは皆さんご存知かと思います。栄養バランスのよい食事を摂取するためには,健康な口が必要となります。しかし,歯周病で歯を喪失し,口周りの舌や唇の筋力が低下すると,私たちは知らず知らずと噛みごたえのある肉や野菜などの食品を避け,軟らかい食事を取るようになります。肉,魚,野菜の摂取が減り,軟らかい脂質や炭水化物の多い食事は,高カロリー・低たんぱく・低ビタミンの食事となります。このような食事を続けていくと,さらに噛む力が弱くなり,軟らかい食べ物ばかり食べるようになります。軟らかいものばかり食べると栄養が偏り,噛む機能の低下に繋がり,メタボやフレイルへの負のスパイライルに陥ります。

そこで,私たちは,「口の健康・咀嚼・栄養」をまとめてコンセプト化したオーラルフレイル予防のための「カムカム健康プログラム(Comprehensive Awareness Modification of Mouth, Chewing and Meal (CAMCAM) program)」を開発しました。カムカム健康プログラムでは,噛みごたえの工夫をしたカムカム弁当を他の参加者と一緒に食べながら,口の健康と栄養について学ぶプログラムです。
https://www.ohcw-tmd.com/research/kamkam.html
カムカム健康プログラムは,誰もが摂取しなければならない「食事」を通して,口の健康・咀嚼・栄養に関する意識変容を促す取り組みです。「噛む食感を楽しみながら栄養をしっかりと取る」をコンセプトとした「カムカム弁当」をみんなで食べながら,口の健康x咀嚼x食・栄養について学んでいきます。

カムカム弁当とは,「噛む食感を楽しみながら栄養をしっかりと取る」をコンセプトとして,噛みごたえが出るように食材や調理法を工夫するとともに,たんぱく質25g以上,ビタミンD 2.75㎍, カロリー600kcalを摂取できるように工夫したお弁当です(上図)。カムカム弁当のメニューを作成するにあたり,噛みごたえのある食感を付与するために,1)かたい食材を使う,2)食材を大きく切る,3)加熱時間を短くする,4)水分を少なくする。の4点を調理の工夫としています。
https://www.ohcw-tmd.com/research/point.html

<カムカム健康プログラム Toutubeチャンネンル>

ユーチューブチャンネルリンク

われわれは,地域在住高齢者を対象に,半年間のカムカム健康プログラムによって,オーラルフレイルやフレイルリスクが改善し,食と口の健康への意識と行動を変容させる効果がみられたことを報告しました。

参考資料
Hidaka R, Matsuo K, Maruyama T, Kawasaki K, Tasaka I, Arai M, Sakoda S, Higuchi K, Jinno E, Yamada T, Minakuchi S.. Impact of COVID-19 on the Surrounding Environment of Nursing Home Residents and Attitudes towards Infection Control and Oral Health Care among Nursing Home Staff in Japan. J Clin Med. 12(5): 1944. 2023. https://doi.org/10.3390/jcm12051944

Matsuo K, Kito N, Ogawa K, Izumi A, Masuda Y: Effects of textured foods on masticatory muscle activity in older adults with oral hypofunction. J Oral Rehabil. 47:180–186. 2020. DOI: 10.1111/joor.12901
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/joor.12901

Kito N, Matsuo K Ogawa K, Izumi A, Kishima M, Itoda M, Masuda Y: Positive effects of physical and oral exercises combined with “textured lunch” gatherings on physical and oral function in older individuals: a cluster randomized controlled trial. J Nutr Health Aging. 23(7):669-676. 2019. DOI:10.1007/s12603-019-1216-8.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1279770723011922?via%3Dihub

 噛みごたえの食事やよく噛んで食べることは,普段の調理のちょっとした工夫や心がけで可能となります。わたしたちは,このカムカム健康プログラムのコンセプトが,各地域のフレイル・オーラルフレイル予防活動の一環として通いの場等での活用されるのを期待しています。今では幾つかの自治体との共同事業を実施しております。体験イベントなども企画しますので,カムカム健康プログラムにご興味ある方,自治体,研究者の方は,お気軽に私どもまでご連絡ください。

口の健康からおいしい食事と健康長寿へ

 口の機能は,加齢に伴い,気づかないうちに徐々に落ちていきます。日頃から口の健康を意識することや口をよく動かすことが機能低下の予防に繋がります。ご飯を30回噛むことが重要であることを知っていても,1口毎に30回噛んで食べるのはなかなか大変ですし,数えていたら味も分からなくなってしまいます。そこで,調理にちょっとした噛みごたえの工夫を加えたり,食材を選ぶことで,自然によく噛むようになりますし,噛むことの重要性も感じることができます。健康な食事と良く噛める口の健康を維持することが健康長寿に繋がっていきます。

地域包括ケアシステムにおける口腔・栄養・リハビリテーションの一体的提供

 医療・介護現場において,口腔・栄養・リハビリテーションの総合的な取組が注目されるようになってきています。医療機関においては,栄養サポートチームをはじめ,摂食嚥下や褥瘡対策,緩和ケアなどの多職種連携チームが稼働し,歯科医療職も参加している病院も増えてきています。多職種で協働することで,職種間での効率的な情報共有や業務の効率化が行え,患者のADLや経口摂取の回復に繋げることができ,最終的には合併症の予防や在院日数の短縮につながります。
 一方,介護サービスにおいても,リハビリテーションや口腔管理,栄養管理の一体的取組により効果的に疾病の重度化予防や自立支援が進むことが示唆されています。2021年の介護報酬改定では,口腔・栄養・リハビリテーションの一体的取組の推進が強調され,「口腔・栄養スクリーニング加算」が新設されました。2024年の診療報酬と介護報酬の同時改定においても,口腔・栄養・リハビリテーションを一体的に進めることが評価されるようになってきました。
 生活支援の場においても,フレイル予防として,運動・栄養(口腔と食事)・社会参加の三位一体の取組が重要であることが強調されています。ここでいう栄養とは,口腔機能と適切な食事が含まれており,オーラルフレイル(口腔機能低下)予防がフレイル予防の一翼であることが示されています。
 ただ,オーラルフレイル予防だけがフレイル予防ではないことも注意すべき点であり,われわれ歯科医療者も,口腔機能の回復だけに目を向けるのでは無く,栄養・食事摂取状況なども視野に入れた他職種との連携が求められてきています。

著者情報

松尾 浩一郎(まつお こういちろう)

東京医科歯科大学
大学院 地域・福祉口腔機能管理学分野 教授 
東京医科歯科大学病院オーラルヘルスセンター センター長

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